阪神淡路大震災により水栓レバーが「下げ止め」になった都市伝説の真相まとめ

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震災があると必ず話題になる、阪神淡路大震災により、水栓レバーの上に物が落ちても水が出ない「下げ止め」式に統一されたという都市伝説。その真相となる情報をまとめた。

まとめ

  • 下げ止め方式は、阪神淡路大震災より前に、欧米では主流。理由は、シングルレバーを開発した大手メーカーのアメリカン・スタンダード社が構造上の都合により統一したため。
  • 国内で下げ止め統一の議論は、阪神淡路大震災より前に始まった。国内ではTOTOの上げ止めと、輸入品や欧米に合わせた下げ止めが混在し、消費者から統一化を望む声が上がっていたため。
  • 1997年に下げ止めに統一が決まる。理由は欧米で圧倒的に主流のためだが、阪神淡路大震災も議論に影響を与えた。
  • 実際の被害については、「神戸市水道局によると、物が落ちてレバーを押し下げ、水が出たままになった例があった」。また、兵庫県防災企画課によると、断水の「原因の大半は水道管の破損だが、家庭やオフィスでレバー式蛇口が開いた状態になり、水が出っ放しとなって水圧が下がり、断水につながったケースも確実にあったとみられている」。

出典

情報は ほぼ全て、大阪府立中央図書館レファレンスサービスを利用して、調べていただいた。

まず、この都市伝説は、2011年にその真相を朝日新聞が記事にしている。

80年代初めに米国の大手水栓メーカーが「下げ止め」に変更。国内でも「下げ止め」のメーカーが現れ、混在するようになった。90年代初めに規格統一に向けた議論が業界内で始まったものの、結論が出なかった。
そこへ、95年1月の阪神大震災が起きた。神戸市水道局によると、この時、物が落ちてレバーを押し下げ、水が出たままになった例があったという。これが「震災きっかけ説」の根拠になっている。
(中略)
「シングル湯水混合水栓」は96年にJIS規格化の対象になり、経産省の日本工業標準調査会が翌97年、00年3月末での「上げ止め式」の廃止を決めた。バルブ工業会によると、理由は欧米で「下げ止め式」が圧倒的に普及していることに合わせたためだ。
ただ、震災での事例を踏まえて「下げ止めの方が(非常時に)安全ではないか」との意見もあったという。工業会の比企諭(ひき・さとし)専務理事は「震災対策も含めて、グローバルな観点から下げ止め式に統一することになった」と説明している。
――『アサヒ・コム』「下げて止める蛇口「大震災を機に統一」都市伝説の真相は」(2011年1月14日)(清野貴幸)

この記事の内容を補う情報をさらに調べていただいた。

  1. 米国の大手水栓メーカーとは? そのメーカーが下げ止めに変更した理由
  2. 90年代初めに規格統一に向けた議論が業界内で始まったという情報
  3. 神戸市水道局による物が落ちてレバーを押し下げ、水が出たままになったという記録はあるか
  4. JIS規格化の際の情報

米国の大手水栓メーカーとは? そのメーカーが下げ止めに変更した理由

シングルレバーを開発したアメリカン・スタンダード社が下オン(上げ止め)式から上オン(下げ止め)式に変更したとの記述。

シングルレバーを世界で初めて開発したのは、アメリカン・スタンダード社で、昭和三三年のことでした。このときは下オン式です。日本ではTOTOが昭和四二年に下オン式の洗面所を開発したのが最初です。その後、なぜかスタンダード社が上オン式にすべて変更。後発の国内メーカーは上オン式を採用しました。そのために、日本では二タイプに分かれてしまい、今に至ったわけです。現在、国際的には、ほぼ100%近くが上オン式になっていますが、日本では下オン式が主流です。
――「あなたに代わって調べます 蛇口レバーは上げる?下げる?シングルレバーの開閉は統一できないか」『月刊消費者』〈438〉(日本消費者協会 1996.2)p.52-53

 

欧米で上げ吐水(下げ止め)が主流になった理由。

シングルレバーはアメリカのメーカーが開発。日本では一九六八年、TOTOが初めて売り出した。最初はレバーを下げると出るタイプ(下げ吐水)だったが、アメリカで水道栓内部の開閉弁にゴムに代わって耐久性の高いセラミックが使われるようになり、構造上の都合から上げると出る上げ吐水に変更され、欧米で主流になったという。こういった輸入品の普及や欧米式に合わせた商品を発売するメーカーもあり、国内では下げ吐水と上げ吐水が混在。しかし、『台所と洗面所で使い方が異なるのは不便』などと消費者から声が上がり、JIS規格によって二〇〇〇年四月から新しく発売するシングルレバーは、欧米に合わせた上げ吐水に統一された。何かの拍子に上から物が落ちてきてレバーに当たり、水が出しっぱなしになるという心配もない。
――『読売新聞 (大阪)』2003(平成15)年10月上(読売新聞大阪本社 2003.10)2003年10月15日朝刊「生活サーチ はてなビ レバー式水道蛇口 先に温度調節し節水 難しい水量調節 止水栓か元栓で」(p.19)

 

シングルレバー式水栓内の部品として、セラミックが普及した時期など(その1)。

シングルレバー式は、昭和40年代に発売された。その機構は、現在ではセラミックを2枚組み合わせる方式がほとんどだが、初期はこの構造は開発されておらず、昭和50年代になってからセラミック機構が登場し普及することとなった。
――『バルブ便覧』(日本バルブ工業会/編 日本工業出版 2021.6)「2.8.1 a)給水栓の変遷」の「2)給水栓の進歩」「イ)シングルレバー式」(p.282)

 

シングルレバー式水栓内の部品として、セラミックが普及した時期など(その2)。

昭和43年にはシングルレバー混合栓などが開発され、平成の水栓群へと開発が続きます。栓のシートは、構造が大きく変化し、ゴム製からセラミック製になってシール性が向上しました。
――『トコトンやさしいバルブの本 (B&Tブックス)』(小岩井隆/著 日刊工業新聞社 2017.8)「第2章19 シングルレバー式湯水混合水栓、自動水栓」(p.48-49)

90年代初めに規格統一に向けた議論が業界内で始まったという情報

消費者や利用者から方式の統一を求める声が寄せられ、統一に向けた検討が始まったとの記述(その1)。

水栓メーカーなどでつくる日本バルブ工業会によると、レバー式が広がる中、十数年前から、『どうしてバラバラなの』『統一できないのか』といった利用者の声が工業会に届くようになったんだって。そこで、メーカーや利用者、学識経験者らで統一に向けた検討を始めたんだ。バルブ工業会の専務理事、比企諭さんは『数年がかりの議論で、海外で一般的な『上げると出る』方式に、日本もそろえようということでまとまったんです』。95年に起きた阪神大震災も、すでに始まっていた議論に影響をあたえた。『地震で物が落ちてきたりした場合、『下げると出る』方式だと、水やお湯が出たままになってしまう恐れも。統一のきっかけの一つになったと言えます』
――『朝日新聞[大阪]』2007(平成19)年9月下(朝日新聞大阪本社 2007.9)2007年09月17日朝刊「蛇口レバー、上に?下に?」(p.20)

 

(その2)

業界団体の日本バルブ工業会(東京都)によると、レバー式の給水栓は、1968年にTOTOが発売したのが国内最初だそうです。従来の蛇口をひねるバルブ方式に比べ、量や温度が調節しやすいのが特徴で、現在は生産量の約6割がレバー式です。ところが、メーカーが独自に開発を続けたため、同じレバー式でも操作方法が分かれてしまいました。例えば、最大手のTOTOはレバーを下げると蛇口が開く「下げ吐水式」、二位のINAXは逆に上げると開く「上げ吐水式」を採用していました。この結果、消費者から方式の統一を求める声が寄せられ、日本工業規格(JIS)を作る日本工業標準調査会と業界団体などが97年6月に上げ吐水式への統一を決めました。上げ吐水式となったのは、海外メーカーの製品のほとんどがこちらを採用しているためで、下げ吐水式は2000年3月末までに新規生産分から姿を消します。これに合わせ、メーカーごとにいま切り替えが進んでおり、TOTOも97年8月から上げ吐水式の製品の販売を始めました。
――『読売新聞 (大阪)』1999(平成11)年10月下(読売新聞大阪本社 1999.10)1999年10月24日朝刊「メーカーで違う給水栓のレバー操作法 独自開発で分かれる 規格統一、姿消す『下げ式』」(p.29)

 

規格統一の議論ではないが、シングルレバー水栓について、上か下かどちらかに統一してほしいという内容が、記載されている文献。

  • 「上か下か シングルレバー水栓の使い勝手について」『暮しの手帖. 第3世紀』〈19〉(暮しの手帖社 1989.4)p.92-93

神戸市水道局による物が落ちてレバーを押し下げ、水が出たままになったという記録はあるか

神戸市水道局の資料に記載なし(見落としの可能性もある)

 

阪神淡路大震災にレバー式蛇口が開いた状態になり、水が出っ放しとなった例について兵庫県防災企画課からの情報が記載。

レバーの上下で水を出したり止めたりする水道の蛇口が家庭やオフィスで増えてきた。栓をひねるタイプより操作は簡単だが、メーカーによってレバーを下げると水が出る『下げ吐(と)水型』と、上げると出る『上げ吐水型』に分かれ、動かし方は正反対。どちらがいいか長く続いていた論争は、阪神大震災を機に、『上げ吐水型』に軍配が上がったが、しばらくは両方式が共存する。(中略)給排水栓で五割近いシェアを誇る最大手のTOTO(本社・北九州市)は『下に落ちる水の方向を考えると、下げると出る方が自然』と『下げ吐水型』を採用、これが多数派を占めてきた。一方、対抗馬のINAX(本社・愛知県常滑市)は、逆に、欧米で圧倒的に多い『上げ吐水型』を採用。『こちらの方がグローバルスタンダード(国際標準)の時代に合っている』と、シェアを競い合ってきた。(中略)阪神大震災が起きて論争の流れが大きく変わった。業界団体の日本バルブ工業会(東京都港区)の事務局長比企諭(ひきさとし)さんはこう振り返る。『下げ吐水型だと、激しい揺れや、揺れで落ちてきた物がレバーを下げてしまい、水が出っ放しになることが起こり得る。だから、レバーを下げると止まる方が災害時に対応できる、との声が大きくなったのです』
一九九五年一月の阪神大震災では、兵庫県内だけで約百二十七万戸が断水し、復旧に約三カ月かかった。同県防災企画課によると、原因の大半は水道管の破損だが、家庭やオフィスでレバー式蛇口が開いた状態になり、水が出っ放しとなって水圧が下がり、断水につながったケースも確実にあったとみられている。
震災の翌九六年、給水栓についての日本工業規格(JIS)が見直されることになり、九七年六月、『二〇〇〇年三月末での下げ吐水型蛇口の廃止』が決まった。法的な強制力はないが、TOTOはこれに従い、九七年九月から受注以外は『下げ吐水型』の生産を中止している。
――・『朝日新聞[大阪]』1999(平成11)年6月上(朝日新聞大阪本社 1999.6)1999年06月11日朝刊 「レバー式蛇口論争 [勝]上げるとジャー [負]下げるとジャー」(p.27)

 

水道業者からの情報が記載。

水道の蛇口の水量を調整するレバーが、最近は以前と逆に、上げると水が出、下げると止まるようになっています。きっかけは阪神大震災と聞き、半信半疑で水道業者に問い合わせて得心しました。地震で棚から落ちたなべや食器がレバーを押し下げ、水が出っ放しになる事態が相次いだため、メーカー各社が見直したそうです。(後略)
――『毎日新聞[大阪]』1999(平成11)年4月上(毎日新聞大阪本社 1999.4)【N/17N/】
1999年4月8日朝刊 「デスクです」(p.24)

JIS規格化の際の情報

規格に関する記述(その1)。

備考 シングルレバー湯水混合栓の開閉操作方向のうち、“上げ止水方式”は2000年3月31日をもって廃止する。
――『JISハンドブック 配管 1998』(日本規格協会/編集 日本規格協会 1998.4)「給水栓 B2061:1997」(p.1694-1715)「6.1 基本構造 c)」

 

規格に関する記述(その2)。1997年版に詳しい解説がある可能性(未確認)。

d) 1997年6月の改正では、規制緩和、国際整合性、消費者保護、高齢者福祉などの社会的ニーズ、水道法施行令の改正などの観点から規程内容を大幅に見直し、併せて、1996年7月に改正されたJIS Z8301(規格票の様式)に基づき、規格様式を改めた。
――『給水栓 JIS B2061:2023』(令和5年6月20日改正 日本産業標準調査会 審議 日本規格協会 発行)「JIS B2061:2023 給水栓 解説」

 

JIS規格改定の際の議論について記述。

1997年に改訂されたJIS規格(B2061 給水栓)に、シングルレバー式水栓(中略)が追加された。ここではじめて、レバーハンドルの操作方法が決められた。上吐水式になったのである。このJIS規格によると、上か下かの2通りについて『操作性、安全性などの面からどちらにも優位性があるかなど長時間にわたって議論されたが、結局結論を出すには至らなかった』という。しかし、『使用勝手の紛らわしさを解消するためには、どちらかに統一しなければならないため、『海外での製品は、ほとんど下げ止水方式を採用している』ことなどから、『下げ止水(=上吐水)方式』に統一することとした。』
――下ではない、上だ 混在するシングルレバー式水栓は、『レバーを上げると水が出る』にJISで決まったが・・・」『暮しの手帖. 第3世紀』〈95〉(暮しの手帖社 2001.12)p.108-109

 

主な改正点として次の3点が挙げられている。

1.消費者の新たなニーズに対応するため、大幅な種類の追加を行う。2.種類の追加に伴い、新たに要求される性能規定項目を追加する。3.利用者に優しく、簡便な操作法、表示法の充実を図る。
――『標準化ジャーナル』27(5)〈399〉(日本規格協会 1997.5)「改正 Revision」に「B2061 給水栓」(p.33)

 

JIS規格改定の際の情報。

さまざまな議論の結果、JISが改正され、シングルレバーの開閉は上オン式に統一されることになりました。上オン式に統一された理由は、あるメーカーによると『安全面を考慮した結果』とのこと。つまり、下オン式の場合、地震などによって物が落ちてレバーに当ると、水が出たままになってしまうから。また、海外では上オン式が一般的という事情も考慮されたようです。
――「とくとく情報館 ●ミニニュース シングルレバーが上オン式に統一」『月刊消費者』〈456〉(日本消費者協会 1997.8)p.67

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Posted by jz5